【過去の話10】夫の起業(破滅)

時給900円の普通のママから起業して

3ヶ月で月商85万→
月商200万→
月商450万→
年商5000万

2歳7歳9歳13歳
の子どもを育てながら
おうちで会社を経営する
起業・集客コンサルタント

日本総合コンサルティング株式会社
代表取締役

小桧山(こひやま)美由紀です。

 

✨発売1週間で大手書店5店舗で
ベストセラー1位✨
年商5000万起業家ママの
ハッピーリッチな思考法
全国書店・Amazonにて
発売中!
1,500円(税別)

 

 

 【私のこと10】夫の起業(破滅)

 

前回の続き

そして私が出した答えは・・・

「無理!」

反対だった

 

無理でしょ普通に考えて

「無理無理無理無理」
「転職して」

もはや私のお得意の必殺技のような
「転職して」セリフを言い放った

 

 

そもそも
私がこんなに大変な
思いをしているのは何でなんだ?

お金に余裕もない
転勤ばかり
一体誰のせいなんだ?

 

私の中では
”夫のせい”
”私はこんなことになっている”

それ以外、考えられなかった。

 

『自分は頑張ることを一切せずに
 人任せ、人のせいにする』

これが起業前の私だった

 

今だったら確実に
「それなら自分が
起業すればいいじゃん!」
と思う

 

でもこの時は
そんなこと1mmも考えずに
思いつきもせずに

ただただ
「何で私ばっかりこんな目に・・・」
と思っていた。

 

私は再び、松山転勤前と同様に
夫の転職先を探し始めた。

 

 

どちらにしろ
愛媛での生活は終わる

もう滅多に来れないから
最後に出かけようと遠出をした

出かけた帰りの車で
子供達はすっかり寝てしまった
私は後部座席から夫と話していた

何を話したか
ほとんど覚えていない

でも、高速道路の
トンネルに差し掛かったところで

「じゃあやってみたらいいじゃん」
と起業にOKを
出したのだけは覚えている。

 

理由は覚えてない

でもこの判断は・・・
間違っていた

 

 

いや、
そもそもこれは
正しく言うと
「起業」ではなく

『友達から誘われた
 友達のお母さんの会社で働く』
ということだった。

 

でも当時はそれに気づかず
私たちは”起業”の為に
『京都』へ引っ越した

ここはだいぶ
端折ることになるけど
先にも書いた通りこれは

『友達から誘われた
友達のお母さんの会社で働く』

ということだった。
それも月収6万

 

更に私がボランティアとして
その人の運営していた
保育所のご飯を作る係になり
時には預かる子供たちを
私が公園に連れっていく係にもなった。

 

3ヶ月の長男と
3歳の次女を連れて

自分の子供だけでも大変なのに
ボランティアの子守、
ご飯係の日々

そしてふりかけを使って
おにぎりを作れば

「まぁ!もうこんなに
 ふりかけがなくなってる!!
 みゆきちゃん^^
 うちのお米はふりかけなんか
 かけなくても美味しいの^^」
と嫌味を言われ

 

これ体にいいから
 毎日飲んだ方が良いわよ。
 飲んでみて」

と青汁を飲んだら

「飲みすぎなのよ!!!
 これ1袋200円もするんだから!」
と激怒された。

これはどう思い返しても
どう解釈しても
本気で悪夢

そして4ヶ月耐えたある日
私は「もう無理」
とその人(夫の雇い主)と距離を置いた。

 

そしてその5ヶ月後
夫の起業は終了した。

 

会社が潰れたというわけではない
そもそもが「社員」のようなものだったんだから
単純に「退職した」
それが適切な言葉だったろう
(いまだにその会社はあるらしい)

月収6万の
フルタイム正社員と
ボランティアの子守
&食事係の日々
終了

 

 

その後私たちは
大阪に引っ越した。

大阪に引っ越した理由は
「子育て おすすめの町」
などと検索して

大阪府吹田市が
1番子育てしやすい町だと
書いてあることが多かったから。

 

実際吹田市に
住んでみて思うのは
子育てがしやすい町というより
『子供が異様に多い町』
という感じだった

 

とにかく学校だらけ

学校だらけの理由も
1つの学校に収まりきらなくなったから
新しい学校を建てたというものが多く

細い道路を挟んで
向かいに学校が
建っているところなんかもあった

多いところでは1学年で
9クラスもある学校もあった。

 

 

大阪での暮らしが始まった

大阪での暮らしは
前半が専業主婦だった

長女は小学校3年生から転入し
次女は幼稚園に入園した
長男は家で見ていて

ザ・専業主婦
の暮らしをしていた

 

吹田市は
とにかく転勤族が多く
大きな家もよく見かけたし

幼稚園にいるお母さんも
プチセレブが多かった

  • パンにハマってて
    パン屋巡りをしているの
  • あそこのケーキ屋さん
    すごく美味しいよね

そんな風に
ちょっと私には合わない
ワンランク上の会話に
なかなかついていけず

私は『格差』を感じていた。

 

そして「格差」もだんだん
格差だけでは済まされず
『うちってこのままだと
 将来厳しくない?』
という状態になってきた。

 

当時、
食べるものに
困るほどではなかった

普通にご飯も食べられていたし
月に1回は外食に行けた
習い事も1人1個までならできた

でもこれは
”今”の話であって
長男が幼稚園に入る頃には
既に厳しくなるのは
目に見えていた

このままじゃもはや
教育費なんて
絶対に無理なんじゃ・・・

そして私は
「働こう」
と保育園へ申し込みをした。

 

 

「働こう」
文字で書けば3文字

でも、
この3文字を決断するまでには
相当時間がかかった

 

「もっと夫が給料の高い仕事に
 転職すればいいだけ」
と思っていた私にとって

「自分が行動する」
ということは頭になく

「月に8万プラスになる
 給料の転職先を見つけるくらいなら
(もはやそんなところ見つからない)
 自分が働いたほうが早い」
ということに気付くまでは
相当時間がかかった。

 

保育園に
申し込んでしばらくして
入所が決まった。

長男だけ保育園でも
次女が幼稚園のままでは
お迎えの15時前までしか
働けない。

通勤時間を考えると
働けるのは
10時〜14時がMAX

これじゃ保育園代にしかならないと思い
まだ年少の1年間しか
行ってない幼稚園を辞め
次女も年中から、
長男と一緒に保育園に入園した

そして仕事はすぐに・・・

見つかるわけがなかった。

 

 

どれくらい面接に落ちただろう?

タウンワークに
ボールペンで大きく丸をつけた会社は
何社あっただろう?

 

  • 勤務時間
  • 場所
  • 時給
  • 職種(事務)

条件に当てはまるものは全てマークした

 

が、結果は惨敗だった。

 

「子供が熱でたら預け先はありますか?」
「ないです」

全部の会社でこう聞かれ
全部の会社でないと答えた。

 

会社はお金を出して人を雇う
人手が必要だから人を雇う
だから急に休まれたら困るのだろう

そんなことはわかっている
でも、そんなことわかっても
大阪から千葉の母に預けられるわけもなく

私の答えは決まって
「預け先はありません」でした。

 

子供に熱が出た際は
病児保育という選択肢もありました。

 

でも私は、
熱が出たり体調が悪い時にまで
預けることに抵抗があったし
自分だって体調が悪い時は
家でゆっくり休みたいと思うからこそ
病児保育という選択肢は選ばず、

預け先はない
=子供が熱を出したら休みます
ということを選んだ。

 

私ってパートさえもできないんだ・・・

仕事が決まらない私は落ち込んだ

 

そんな月曜日
私はいつものように
100円ローソンまで自転車を走らせ
今週のタウンワークと
住宅情報誌、SUUMOをもらいに行くと
信じられない文字を目にした

次回に続く

 

【その他現在お申込み可能な日本総合コンサルティング株式会社のサービス一覧】

起業スクール”ハッピーリッチママ”
>>起業コース・認定講師コース

【動画講座】起業基礎ノウハウ・SNS集客の基本を学ぶお得なセット
>>4講座動画セット

小桧山美由紀に直接相談できる個別コンサルetc…
>>他サービスはこちら

 

🎁公式LINE登録5大特典🎁
<失敗しない起業の始め方5ステップ>
無料プレゼント
——————————
<ステップ1>
【時給900円→年商5000万になった理由】

<ステップ2>
【起業の種類】

<ステップ3>
【起業のやり方】

<ステップ4>
【起業の手順】

<ステップ5>
【起業で成功する為に】
——————————

>>4300人以上が登録LINE@はこちらから1秒
登録できない方は@を忘れずに @lhm0638r でID検索をお願い致します^^

 

 

【無料】15日間で学ぶ!0からの起業超濃厚講座
無料レッスンはこちらから

 

公式ブログ
youtube
Instagram
Facebook
公式LINE
メルマガ

 

■小桧山美由紀プロフィール■

■日本総合コンサルティング株式会社代表取締役
起業・集客コンサルタント

1985年生まれ、千葉県市川市出身

2006年生まれの長女
2010年生まれの次女
2013年生まれの長男
2017年生まれの三女を育てる4児の母

短大卒業後すぐに20歳で長女を出産。
24歳で次女を出産し、夫の転勤により愛媛へ。

27歳で長男を出産した後、京都、大阪、名古屋と転勤を繰り返し、
孤独な専業主婦生活を送る。

30歳の時、長男の保育園が内定したことを機に
時.給900円の事務のパートを始める。

31歳の時、友達から「このブログ見て!」と
某有名起業家のブログURLが記載された一通のLINEが届き
初めて起業の世界を知る。

「あの時やっぱりやっておけばよかった」と
不満・後悔ばかりの人生を変えたくて

時給900円のパートを続けながら起業を決意し
開始直後に4度目の転勤で名古屋へ引っ越しながらも

ビジネスを学び始めて3ヶ月で月商85万、
その後月商200万→月商450万→年商5000万

子どもが風邪をひいても
いつでも家にいてあげたい
学校からの帰宅を家で待ちたいという想いから、
コンサルはzoom・LINE電話・動画を使った完全自宅style。

北海道から沖縄、更にはドイツやアメリカ、シンガポール、タイ、アイルランドなど
国内外問わず2000名以上の起業家・サロン経営者・起業志望者へコンサルし
多くのママを月商150万、月商200万、月商300万、月商400万、
月商450万、月商640万、月商1500万、年商2500万、年商3000万etc..に育てあげる。

コンサルタントとして活動する傍
32歳で三女を出産。

現在は
♦︎コンサルタントとして本を出版し発売1週間で大手書店5店舗でベストセラー入り

♦︎13ヶ月連続満員御礼でブログ集客・文章術セミナーを開催

♦︎1期~7期まで全て
一般募集無しの先行案内・先行案内前に満員御礼
オンラインママ起業塾主宰

♦︎クライアント100名超えのママの為の起業スクール代表

♦︎4人の子どもをワンオペ育児×起業=年商5000万

♦︎マレーシアにて親子留学移住

ABOUTこの記事をかいた人

【 普通のママだからこそ、起業で人生を変える】 起業・集客コンサルタント 子供と一緒に自宅で学ぶ オンラインママ起業塾主宰。 時給900円の普通のママから起業して 11歳7歳5歳0歳の子供を育てながら 0歳の子供と一緒に自宅で起業コンサル ビジネスを学んで3ヶ月で月商85万 その2ヶ月後に月商200万、翌年月商450万達成。 顧客0からわずか1年半の間に、 国内外問わず200名以上へコンサル実績。